カーボンプライシングの世界的動向と企業への影響

カーボンプライシングとは

近年、気候変動対策の重要な政策ツールとして、カーボンプライシングが世界的に注目を集めています。カーボンプライシングとは、二酸化炭素の排出に価格付けをすることで、市場メカニズムを通じて排出削減を促す仕組みです。代表的な手法として、炭素税と排出量取引制度の2つがあります。

炭素税は、化石燃料の採取や使用に対して、炭素含有量に応じて課税するものです。これにより、二酸化炭素排出の社会的コストを内部化し、企業や消費者の行動変容を促すことができます。一方、排出量取引制度は、政府が排出枠を設定し、企業間で排出枠の取引を認める制度です。排出枠を超過した企業は、未使用の排出枠を持つ企業から購入する必要があり、排出削減へのインセンティブが働きます。

カーボンプライシングの世界的な導入状況

カーボンプライシングの導入は、欧州を中心に1990年代から進んでいます。2021年4月時点で、世界の46カ国・35地域で導入済みであり、世界の二酸化炭素排出量の22%をカバーしています^1。欧州連合では2005年に排出量取引制度(EU-ETS)を導入し、段階的に対象を拡大しています。また、多くのEU加盟国が炭素税も併用しています。北米でも、カリフォルニア州や北東部州で排出量取引制度が導入されています。中国も2021年に全国版の排出量取引制度を開始しました^2

今後、カーボンプライシングは、ネットゼロ目標の実現に向けて、ますます重要な政策ツールになると考えられます。各国・地域がカーボンプライシングを導入・強化する中で、炭素価格も上昇傾向にあります。EU-ETSの炭素価格は、2020年から2021年にかけて、1トン当たり18ユーロから42ユーロまで上昇しました^3。適切な炭素価格のレベルについては、議論がありますが、パリ協定の目標達成のためには、2030年に1トン50-100ユーロが必要との試算もあります^4

加えて、欧州を中心に、炭素国境調整措置(CBAM)の導入も検討されています。これは、自国の厳しい気候政策によって不利益を被ることを防ぐため、カーボンプライシングが不十分な国からの輸入品に対して、炭素税に相当する負担を求めるものです。欧州は2023年の導入を目指しており、米国も関心を示しています^5

カーボンプライシングが企業に与える影響

このようなカーボンプライシングを巡る国際的な動向は、企業活動に大きな影響を与えると考えられます。炭素税導入により、化石燃料の使用コストが上昇する一方で、排出量取引への参加や排出枠の購入も新たな負担となる可能性があります。国境調整措置が導入されれば、他国への輸出コストの増加や国際競争力の低下が懸念されます。

他方で、カーボンプライシングは、企業の脱炭素化投資を後押しする効果も期待できます。炭素価格が明示されることで、投資判断の指標となり、低・脱炭素技術の開発・導入を促進することができます。実際、一部の日本企業でも、社内炭素価格を設定して、投資判断に活用する動きが出ています。

今後、日本でも、カーボンプライシングの本格導入に向けた議論が進むと考えられます。企業としては、炭素税や排出量取引制度の設計について注視するとともに、自社への影響を分析し、適切な対策を講じることが求められます。具体的には、以下のような取り組みが考えられます。

  1. カーボンプライシングに関する情報収集と動向分析
  2. 自社の温室効果ガス排出量の算定と削減ポテンシャルの特定
  3. 炭素税導入による財務影響の試算と対応策の検討
  4. 排出量取引制度への対応体制の整備と戦略的な排出枠管理
  5. 脱炭素化投資の促進とイノベーションの創出
  6. カーボンプライシングを前提とした事業戦略の策定
  7. ステークホルダーへの情報開示と エンゲージメントの強化

サステナブルな発展に向けた戦略的対応の重要性

カーボンプライシングは、気候変動対策の切り札として、今後ますます重要性が高まると考えられます。炭素税や排出量取引は、企業にとって新たなコストであると同時に、脱炭素化へのインセンティブにもなり得ます。特に、長期的な視点に立てば、化石燃料への依存を減らし、再生可能エネルギーや革新的技術への投資を加速することが、企業の競争力の源泉となるでしょう。

企業は、カーボンプライシングを新たなコストとしてだけでなく、脱炭素社会への移行を見据えた事業変革の機会ととらえ、プロアクティブに対応を進めることが求められます。単なる受動的な対応ではなく、ビジネスモデルの転換や新たな価値創造につなげていくことが重要です。そのためには、経営トップのリーダーシップの下、全社的な体制を構築し、戦略的に取り組むことが不可欠です。

また、政府には、グローバルな動向も踏まえつつ、日本の産業競争力強化の観点から、最適なカーボンプライシング制度の設計が期待されます。炭素税の税率設定や軽減措置、排出量取引制度のルール作りなどにおいて、企業の実態に即した制度設計が求められます。加えて、カーボンプライシングの負担を軽減し、脱炭素化投資を後押しするような、補助金や税制優遇などの支援策も検討する必要があるでしょう。

カーボンプライシングと企業の戦略的対応は、日本の持続可能な発展のために不可欠な要素と言えるでしょう。気候変動への対応は、もはや一企業の問題ではなく、社会全体で取り組むべき課題です。企業と政府が連携し、イノベーションを通じて新たな価値を生み出していくことが、脱炭素社会の実現と日本経済の成長の鍵を握っています。

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