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副題: 欧州の画期的なAI法から国連主導の監督協議まで――2025年におけるAI規制が、気候モデリング、排出量トラッキング、資源管理にどのような影響を与えているか。
※この記事はBeehiivで発行されているNestgen Newsletterの英語記事を日本語に訳したものです。
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世界のリーダーは、人工知能と気候変動を切り離せない存在的課題として捉えつつあります。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、今日の不確実性が「気候危機と特に人工知能を含むテクノロジーの急速な進歩という二つの存在的脅威によって複合化している」と警告しています(Ref)。AIを気候変動と同じ緊急性と協調行動で扱うべきだという声が高まっています。気候ガバナンスにはパリ協定やCOPサミットといった枠組みがありますが、AIには同等の国際的制度が存在しません(Ref)(Ref)。しかしこのギャップは縮まりつつあります。2025年にはEUのAI法や国連主導の新たな取り組みが始動し、AIの進歩が気候目標を支える方向へ導くことを目指しています。AIは強力な気候アクションのツールである一方、制御されなければ環境負荷や世界的格差を拡大しかねない「諸刃の剣」だという認識が共有されています。
未来サミットなどの場では、グローバルAIガバナンスを持続可能な開発と同時に進化させる必要性が強調されました(Ref)(Ref)。AIは気候ソリューションを加速するために広く活用されていますが、それを本当に「責任を持ってスーパーチャージ」するには(Ref)、AIシステム自体の透明性・説明責任・省エネ・公平なアクセスを担保する枠組みが不可欠です。本稿では、新興規制と気候アクションの交差点を次の三つの観点で検証します:AIの環境フットプリント抑制、気候AIの透明性と説明責任、そして気候適応におけるグローバルな公平性です。
AI産業が拡大するにつれ、エネルギーと資源の需要も急増しています。大規模モデルの学習と稼働には莫大な電力と水が必要で、データセンター用の鉱物資源採掘も伴います(Ref)。国際エネルギー機関(IEA)は2026年までにAI分野のエネルギー需要が2023年比で少なくとも10倍になると試算しています(Ref)。欧州だけでもデータセンターの電力需要は2023年比で約30%増加し、その主因はAIワークロードです(同上)。この急増は、AI開発がより持続可能にならない限り気候目標と直接衝突します。
政策当局も対処を始めています。EUの人工知能法(AI Act)は2024年半ばに発効し、2025年から段階的に施行されます。同法はAIが「環境保護を尊重しつつイノベーションを促進する」ことを明示目標とする初の大規模AI法です(Ref)。同法では、大規模な汎用AIモデルの開発者に対し、学習に要したエネルギーを記録・開示する義務を課しています(Ref)。さらに消費エネルギーが極端に大きいモデルは「システミックリスク」と見なされ、追加監督を受ける可能性があります(Ref)。これは排出抑制の直接的インセンティブです。また、AIの省エネ技術標準策定や自主的な行動規範、さらにはAI版エネルギーラベルの検討も進んでいます(Ref)(Ref)。
しかし批判もあります。EU法はAIがサステナビリティに寄与するという「希望」に依存し、AIの排出量に直接上限を設けてはいません(Ref)。実際の拘束力は、エネルギー使用の記録とリスク評価義務に留まり、実質的な排出削減は将来の標準と自主措置に委ねられています(Ref)。一方で、大規模生成AIは従来のアルゴリズムより桁違いに資源集約的であり、単一モデルの学習で数百トンのCO₂を排出する例もあります(Ref)。
一方、AI自身が解決策にもなり得ます。機械学習で気候モデルの計算を高速化・省エネ化したり、データセンターの冷却最適化で電力を削減したりする研究が進んでいます(Ref)。今後は、AI学習に再エネを義務付けたり、AIサービスのカーボンフットプリント開示を義務化したりする強力な措置も検討されるでしょう。2025年時点で基盤は築かれつつあり、課題は実効的で強制力ある政策への転換にあります。
AIをサステナビリティに信頼して用いるためには、システムの動作や生成データの透明性と説明責任が欠かせません。AIが誤作動し洪水リスクを過小評価した場合など、誰が責任を負い、どう修正するかが問われます。
EU AI法は「ハイリスク」AIに厳格な要件を課し、エネルギー網など重要インフラ関連AIや公共サービス関連AIを対象とします(Ref)。開発者はリスク管理、バイアス検証済み高品質データの使用、詳細な技術文書の作成、人間による監視と介入機構の実装を義務付けられます(Ref)。重大事故や環境被害は規制当局への報告が必要で、透明性と外部説明責任を担保します(Ref)。
AIによる気候データ解析でもアルゴリズムの透明性が求められています。学界でのピアレビュー文化を手本に、AI強化モデルも前提や不確実性を公開すべきだとの声が高まっています。UNESCOのAI倫理勧告は、データセットの追跡可能性や説明可能性を強調しています。
実践例として、AIと衛星画像でGHG排出量を追跡しオープンデータ化する非営利連合Climate TRACEがあります。手法を公開し、誰もが検証できる形で排出源を特定し、透明性と気候説明責任を高めています(Ref)。
透明性だけでなく説明責任メカニズムも必要です。AIの判断に異議申し立てや修正ができる仕組み、第三者監査、環境規制への統合などが検討されています。EUではEU AIオフィスが設立され、情報取得と法執行を行います(Ref)。国際的にはAIオブザーバトリー/パネル創設構想も議論中です(Ref)。
2025年は、AIの透明性と説明責任が気候合意のモニタリング・検証になぞらえて制度化される転換点と言えます。
AIによる気候レジリエンス向上の恩恵は公平に分配されるのか、それとも格差を拡大するのか――これは重大な問いです。2024年国連総会ではグローバルサウスの首脳が「知識の寡占」を懸念し、包摂的な「エマンシパトリーAI」を訴えました(Ref)。AI格差は、気候脆弱地域がAI強化型早期警戒システムなどを利用できず、適応能力が遅れるリスクを孕みます。
国連事務総長のAIハイレベル諮問機関は2024年末の報告で、AIキャパシティ開発ネットワークとグローバルAI基金を提案し、開発途上国へのリソース提供を掲げました(Ref)。UNFCCCでもAI for Climate Actionイニシアティブが発足し、LDCや小島嶼国のニーズに特化した支援を進めています(Ref)。
課題は、デジタルインフラ不足やデータ格差、ブレインドレインなど複合的です。インフラ投資、データ収集支援、人材定着策などが必要です。EU AI法は域内中心で直接的な公平性措置は限定的ですが、UNのGlobal Digital Compactが普遍的アクセスを盛り込む見通しです(Ref)。
公平性をコア原則としたAIガバナンスを構築しなければ、AIは気候不正義の新たな側面となり得ます。グテーレス氏の「AIが“Advancing Inequality”を意味してはならない」という言葉を忘れてはなりません(Ref)。
2025年、AIガバンスと気候アクションの世界はかつてないほど交差しています。EU AI法は公共利益を守るための大胆な第一歩であり、国際社会はAIを地球規模目標に貢献させるための監督体制を議論中です。環境負荷、透明性、そして公平性の観点から見ると、前進とギャップの両方が明らかになっています。
前進面では、省エネ要件や透明性義務が整備され、ハイリスクAIへの人間監督が義務化されました。また、UN主導のキャパシティ構築提案は包摂性を強調しています。しかし、AIのカーボンフットプリント抑制は依然不十分で、政策の遅れが懸念されます。透明性・説明責任も高度化するAIの複雑性に追いつく必要があります。
最も難しいのはリスク規制とイノベーション促進の両立です。AIは気候目標達成の強力な味方たり得る一方、過度な規制は有益なイノベーションを阻害する恐れがあります。EU法が導入したリスクベース・アプローチや規制サンドボックスは有効な折衷策です。今後は、IPCCに倣った国際AI科学パネルなど、技術者と政策立案者の協働がさらに重要になるでしょう。
AIガバナンスを気候アクションと整合させる道のりは続きますが、その勢いと緊急性は高まっています。2025年に築かれた基盤の上で、私たちはAIを効率・透明性・公平性という実効性ある原則で導き、地球に優しい未来を実現しなければなりません。知性ある協調が人工知能を制御し、AIが気候アクションの障害ではなく味方となるよう、全ステークホルダーが舵を取ることが求められています。
References:
Climate TRACE Coalition. (2022). Climate TRACE Unveils Open Emissions Database of 352 Million Sources. (Press release) (Ref)
Guterres, A. (2023). Opening remarks at UN General Debate – Two existential threats: climate and AI. United Nations (Ref)
White & Case LLP. (2024). Energy efficiency requirements under the EU AI Act. – Insight (Ref) (Ref)
Warso, Z., & Shrishak, K. (2024). Hope: The AI Act’s Approach to Address the Environmental Impact of AI. TechPolicy Press (Ref) (Ref)
Wong, C. (2024). How AI is improving climate forecasts. Nature News Feature (26 March 2024) (Ref)
Nicholas Institute, Duke Univ. (2023). Climate TRACE – Open emissions tracking for transparency. (Ref)
Just Security. (2023). AI at UNGA79: Recapping Key Themes. (Analysis of UN General Assembly debates) (Ref) (Ref)
techUK. (2024). Governing AI for Humanity: UN Report Proposes Global Framework for AI Oversight. (Summary of UN Advisory Body recommendations) (Ref) (Ref)
United Nations University – EHS. (2024). Bonn AI & Climate 2024 – Expert Meeting Report. (UNFCCC Technology Mechanism initiative) (Ref) (Ref)
Baker Donelson. (2024). EU AI Act Tightens Grip on High-Risk AI Systems. (Legal briefing) (Ref) (Ref)