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※この記事はBeehiivで発行されているNestgen Newsletterの英語記事を日本語に訳したものです。
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大気から直接CO₂を回収する「ダイレクトエアキャプチャ(DAC)」は、これまでSF的な技術と見なされがちでしたが、今や本格的な気候ソリューションとしてのスケールアップが始まりつつあります。2023年には、世界で稼働中の小規模DACプラントはわずかに27か所程度で、合計でも年間約0.01Mt(1万トン)のCO₂しか回収していません(Ref)。これは、年間世界全体で排出されるCO₂(約360億トン)の文脈ではほぼ無視できる量です。しかし今後は急速にパイプラインが拡大する見通しで、130以上の新規DAC施設計画が進んでおり、すべて実現すれば2030年までに年間約6500万トンを回収できる可能性があります(Ref)。これは依然として世界排出量の0.5%未満ですが、それでも指数関数的な拡大が進んでいることを示します。実際、計画中のプロジェクトがすべて完成すれば、IEAが「2050年ネットゼロシナリオ」で2030年までに達成すべきとする年間約6500万トンのレベルにほぼ並ぶ計算になります(Ref)。さらに長期的なビジョンとしては、オクシデンタル・ペトロリウム(子会社1PointFiveを通じて)が2035年までに100以上のDACプラントを建設し、年間数千万トン規模のCO₂を回収するといった大胆な構想も示されています(Ref)。少なくとも計画段階では、今後10年間でDACの急成長が見込まれていると言えます。
このような大規模化の動きを牽引しているのが、いくつかの注目プロジェクトです。米国では、エネルギー省(DOE)が「DACハブ」と呼ばれる大規模な炭素除去拠点を立ち上げることで、その拡大を促進しています。2023年、DOEは35億ドル規模のプログラムの一環として、2つのDACハブ(うち最初の2件)に対する資金拠出を決定しました(Ref)。一つはバッテルがClimeworksやHeirloomと組むルイジアナのProject Cypress、もう一つはオクシデンタル/1PointFiveが主導する南テキサスDACハブです。いずれのハブも年間100万トンのCO₂回収と地下貯留を目指し、商業規模でのDACを実証します(Ref)。南テキサスのハブは、まず0.5Mt/年規模の“Stratos”と呼ばれるDACプラントを建設し、次に1Mt/年まで拡大、さらに最終的には年間3000万トンものCO₂を回収できる可能性があるという大規模構想です(Ref)。これらのハブは、複数のDACユニットとCO₂貯留設備を集約した、ある種の「炭素工場」とも言えます。
こうしたハブ以外にも、注目すべきプロジェクトはいくつかあります。たとえばアイスランドのClimeworks施設です。2021年から年4000トンのCO₂を回収する「Orca」を稼働させており、新たに3万6000トン/年規模の「Mammoth」建設を進め、2024年の稼働開始を目指しています(Ref)。カナダのCarbon Engineering(現在はOxy傘下)は液体溶剤方式のDACを開発し、テキサスのハブで採用予定です。また、CarbonCapture Inc.(ワイオミング州で「Project Bison」を計画)などのスタートアップや、中東やオーストラリア、欧州でも様々なプロジェクトが進行中です。これら多くの計画は、2020年代半ばから2030年にかけて年間100万トン以上のCO₂を回収できるメガトン規模のDAC施設を目指している点で共通しています。130を超える計画の一部でも実現すれば、現行の数千トン規模から一気に数千万トンへと飛躍する見通しです。
DACが「コストが高すぎる」「実現性が疑わしい」と長年見られてきたにもかかわらず、なぜ今これほど盛り上がっているのか。その大きな理由のひとつは、政策インセンティブと政府支援の急拡大にあります。特に米国が牽引役です。2022年のインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)では、CO₂の地中貯留によるDACプロジェクトに適用される45Q税額控除が1トンあたり最大180ドルへと大幅に増額されました(Ref)。これは以前の1トンあたり50ドルから飛躍的な増額で、さらにカーボンクレジットの売却益などと組み合わせれば、DACを事業として成立させる道が開けます。注目すべきは、45Qが適用される施設の下限が年間1000トンのCO₂回収という低い水準に設定されたことです(Ref)。これにより小規模パイロットでも税控除を得られ、スタートアップ企業の初期展開を後押しします。さらに、バイパーティザン・インフラ法(Bipartisan Infrastructure Law)では35億ドルがDACハブ拠点の少なくとも4か所の創設に割り当てられています(Ref)。2023年には最初の2拠点(ルイジアナとテキサス)に総額12億ドル規模の予算が承認され、DACプラントや貯留井戸に伴う多額の初期投資リスクを政府が肩代わりする形になります。
さらに米国では、政府がCO₂除去を購入するプログラムも実施予定で、DOEがカーボン除去の実績に対して支払いを行う仕組みを整えています(Ref)。これは再生可能エネルギー普及期の「固定価格買い取り制度」のように、先行投資を促す市場シグナルとして機能します。米国以外でも、カナダはDAC設備投資のコストに対し60%の税額控除を提案(Ref)、EUは炭素除去認証フレームワークを準備して2030年までに年間5000万トンのCO₂除去を目指し(Ref)、イギリスや日本もDACを対象に予算や目標を設定しているところです(Ref, Ref)。このように、世界各国の政府がDACを将来のネットゼロ戦略の要素と捉えているのが現状です。特に1トンあたり最大180ドルという米国の45Q制度は「ゲームチェンジャー」と呼ばれるほどで、今後のプロジェクト収益性を大きく改善させると期待されています(Ref)。例えば年100万トンを回収するDACプラントなら、45Qだけで年間1億8000万ドルの収入が得られる計算です。高額な費用がかかるDACも、このような公的支援があれば展開が一気に加速するというわけです。
DACの拡大は資金面だけでなく、技術面でも課題があります。現在主流とされるいくつかのアプローチにおいて、新しいイノベーションが性能向上やコストダウンを後押ししています。大きくは2つの技術的アプローチが中心です。
これらの技術はいずれも1トンあたりに必要なエネルギー量を減らし、コストを引き下げ、信頼性を高めるという共通のゴールを目指しています。例えば、100℃程度で再生できる固体ソーバントなら低品位熱や太陽熱を活用しやすくなり効率向上が期待できます(Ref)。モジュール化により量産効果やコスト削減を狙うアプローチは、いわば「DACの工業製品化」です。高温溶剤方式は大量の廃熱や安価な天然ガスが得られる地域で有利とされる一方、固体ソーバント方式はクリーン電力と低温熱の組み合わせが有効です。どのアプローチが最終的に最適かはまだ定まっておらず、現在は「ベータマックス対VHS」の競争のように、各企業が異なる化学・設計上の工夫でCO₂の効率的な回収を目指している段階です。
大きな期待が寄せられるDACですが、本格的に気候目標への貢献を果たすためには相当なハードルがあります。最も大きいのはエネルギー消費量です。大気中のCO₂濃度は約0.04%と非常に希薄なため、薄い空気からCO₂を取り出すには多くのエネルギーが必要になります。現行のDACシステムの多くは、1トンのCO₂回収あたり数百〜2000kWh超の熱・電力を要するとされています。年間100万トンのCO₂を回収するDACプラントなら、数テラワット時規模のエネルギーが必要で、中規模発電所1基分に相当するかもしれません。そして、これらのエネルギーはCO₂排出のないクリーン電力・熱源でなければ本末転倒です。幸い、アイスランドのDAC施設では地熱を使ったり、太陽光や風力、さらには原子力などCO₂フリーのエネルギーを活用する構想が多いですが、将来的にギガトンスケールを目指す際、必要なクリーンエネルギー量は膨大になります。たとえば1ギガトン/年のDACを現行技術のまま賄うには、世界の総発電量の10〜15%に相当するとも試算されます。一方で今後の技術革新で必要エネルギーが下がれば、その割合も軽減される可能性がありますが、クリーンエネルギーの大幅拡張が同時に必要な点は留意すべきでしょう。
次にコストの問題があります。DACは現時点で最も高額なCO₂を生産する手段と言われています。1トンあたり600〜1000ドルという試算もあり(Ref, Ref)、現行のカーボンプライスやクレジット基準とは乖離が大きいです。この価格でCO₂を買い取る企業は現在IT大手などの限られた企業に留まっていますが、今後は1トンあたり200ドル以下(理想的には100ドル前後)まで下げる必要があるというのが業界の共通認識です(Ref, Ref). このコスト低減には、量産による学習効果、新素材ソーバントの開発、大規模プラント化によるスケールメリット、安価なエネルギーの確保などが不可欠です。既に45Qの1トン180ドルは600〜1000ドルとされる現コストに対し大きな助けとなります。また、Climeworksは2030年までに1トンあたり250〜300ドルを目指すとロードマップで示しており(Ref)、一部の分析では2040年代に150ドル程度まで下がる可能性があるとも予想されています。コストが高い間は政府補助や企業の高価格買取市場に頼る構図が続きますが、今後の技術進歩で本格的に「大量導入が可能な価格帯」に下げられるかがDAC普及のカギとなるでしょう。
もう一つ重要なのが、回収したCO₂の恒久的な隔離(パーマネンス)と利用用途です。DACによる気候貢献を正味の「負の排出(ネガティブエミッション)」と認めるには、捕捉したCO₂を数百年〜数千年スケールで閉じ込めておく必要があります。最も確実とされるのは地下の塩水層や玄武岩層への貯留で、最終的には鉱物化して長期的に封じ込められます。この場合、林業など自然由来の除去法と比べても逆転のリスクが低く、追跡可能性が高いと評価されています(Ref)。一方で、回収したCO₂を産業用途に使うケース、特にEOR(石油増進回収)に使う場合は、追加で採掘された石油が燃焼されると結局CO₂が再放出されることから、気候面でのメリットが大幅に減衰するという批判があります。実際、ある分析ではOxyのDACプラントでEORを行う場合、ネットで回収されるCO₂は捕捉量の39%程度にとどまる可能性が指摘されています。こうした懸念から、環境面で真にプラスになるには、基本的に地下貯留や鉱物化など長期貯留に回す必要があるとする意見が主流です。45Qでも、貯留に回す場合が最も高い税額控除を受けられるよう設計されています。一部の企業はコンクリート固化など長寿命製品へCO₂を閉じ込めるルートを模索していますが、まだ実証段階です。どの用途に使うかによってDACの気候貢献度は大きく変わる点が重要です。
最後に、「DACは本当に2050年までにネットゼロに貢献できるのか?」という根本的な問いがあります。IPCCをはじめ多くの気候シナリオでは、2050年に数十億トン(5〜10Gt/年)レベルのCO₂除去が必要とされています(Ref)。IEAのネットゼロシナリオでも2050年までに約9.8億トン/年(1Gt近く)のDACが想定されており(Ref)、現在の数千トンからは桁違いに大きな数字です。これは「毎数年ごとに設備容量を倍増し続ける」という急激な成長カーブを数十年単位で持続する必要があることを意味します。再生可能エネルギーの太陽光が2000年の1GWから2022年には1000GWに成長した例を考えれば不可能ではないとも言えますが、DACは稼働時のエネルギー投入が恒常的に必要(パネル設置後は太陽光はただ、というPVとの違いがある)など追加の課題があります。大規模DACにはファンや配管、化学薬品、水などを大量に使うため、インフラ整備や資源確保が負担になるという批判もあります。一方で森林吸収など自然ベースに比べて土地使用量が100分の1程度で済むという利点もあり(Ref)、エネルギーと貯留サイトさえ確保できれば場所を問わず展開できるのは大きな強みと言えます。最終的にDACが大規模に導入されるかどうかは、こうしたインフラ・資源・技術の制約をうまくクリアできるか次第でしょう。
総じて、DACは「排出削減の代わり」ではなく、排出削減を最優先としたうえで残余排出を相殺するための手段として見られていますが、IPCCのシナリオでも石油化学や航空などの分野で削減が難しい排出を相殺するために大規模なCO₂除去が不可欠とされています(Ref)。DACは、高い精度で量を測定でき、かつ長期貯留することで真正な「マイナス排出」を実現できる数少ない技術の一つです。今後の数年間で、掲げられた壮大な計画(巨額投資を伴う数多くの大型プラント建設)がどこまで実現し、本当に何百万トン単位で空気からCO₂を吸い取れるかが試されることになります。特に、初の100万トン級DACプラントが2020年代後半までに稼働し、コストが今後10年でどれだけ半減できるか、そしてCO₂除去サービスの市場がどの程度成熟するかが大きな注目点です。DACが大きな気候ソリューションとして台頭するか、それとも依然として先の見えない技術にとどまるかは、これから10年内の動向でほぼ見えてくるでしょう。
サステナビリティの観点から見ると、DACの台頭は新たな機会とジレンマを同時にもたらします。一方では、既存技術では削減しきれない排出を相殺する有力なオプションとして期待されています。クリーン電力と組み合わせれば「ネガティブエミッション発電所」のように機能したり、グリーン水素と合成して炭素中立燃料や化学品を作るなど、多用途に使える「高純度のCO₂源」という魅力もあります。このDAC分野への投資とイノベーションが、ポイントソースでのCO₂回収や炭素利用技術の進歩にも波及しうるでしょう。総じて見れば、DACは「今まさに大きく花開こうとしている気候テクノロジー」と言えます。
ただし、批判的視点も欠かせません。DACに過度に期待するあまり、排出削減の努力が先送りされる危険性も指摘されています。また、捕捉したCO₂の使途が短期間でまた大気に戻るようでは気候メリットがほぼ失われてしまい、特に石油増進回収(EOR)はしばしば「化石燃料を延命させる手段」として批判されます (, )。また、数十億トン規模で展開した場合の資源使用(エネルギー、ソルベント、冷却水など)や大規模施設・パイプライン建設に伴う地域社会や環境への影響にも注意が必要です。
もっとも、政府・NGO・企業の間でもこうした懸念を認識し、「責任ある導入」のための基準や地域社会との協議が始まっています(Ref, Ref)。公的資金や大企業の資金が投下される今こそ、その発展方向を正しい形に導くチャンスと言えます。サステナビリティ領域の専門家やコンサルタントにとっては、DACプロジェクトが地域社会や環境に配慮し、ライフサイクル評価で真に負の排出を実現できる設計になっているかを確認したり、企業の脱炭素戦略全体の中でDACをどう位置づけるかを助言するといった役割が期待されます。
総じて見ると、ダイレクトエアキャプチャは実験的な概念段階から産業としての具体化へ、一気に移行しつつあります。年間1万トン規模から数十億トン規模に挑むというのは前例のない挑戦ですが、官民の資金投入と技術革新が進む今後数年が勝負どころでしょう。技術革新や政策支援によってエネルギーとコストの問題をクリアし、CO₂を確実に地中や鉱物へ封じ込める仕組みを整えられれば、2050年のネットゼロに向けた強力なツールになり得ます。一方で、課題やリスクを見過ごせば「思ったより効果が薄い」どころか、化石燃料延命や資源浪費につながる可能性もあります。現時点では多額の投資と研究が「本当に大量のCO₂を大気から除去できるのか」を見極める段階にあり、レースはまさに始まったばかりです。DACが気候の救世主になるのか、一時的なつなぎ策にとどまるのか、それとも誤った方向に進むのか――。いま注目されるのは、「エネルギーとコストの計算をどうクリアし、捕捉したCO₂をどう取り扱うか」という点。しばらくは懐疑と期待が入り混じるなかでの大規模実証が続くでしょうが、その行方が世界の気候アクションの未来を大きく左右することだけは確かです。
[1] IEA – Tracking Direct Air Capture: Global status and outlook for DAC (2023). (International Energy Agency). Available at: https://www.iea.org/energy-system/carbon-capture-utilisation-and-storage/direct-air-capture
[2] IEA – Inflation Reduction Act 2022 – 45Q Tax Credit Expansion. (International Energy Agency Policy Database). Available at: https://www.iea.org/policies/16255-inflation-reduction-act-2022-sec-13104-extension-and-modification-of-credit-for-carbon-oxide-sequestration
[3] DOE OCED – Regional Direct Air Capture Hubs Program (2023). (U.S. Department of Energy – Office of Clean Energy Demonstrations). Available at: https://www.energy.gov/oced/regional-direct-air-capture-hubs
[4] Oil & Gas Journal – Occidental’s 1PointFive South Texas DAC Hub Awarded US DOE Funding. Sept 13, 2024. Available at: https://www.ogj.com/energy-transition/article/55139879/occidentals-1pointfive-south-texas-dac-hub-awarded-us-doe-funding
[5] World Economic Forum – Achieving Net Zero: Why Costs of Direct Air Capture Need to Drop for Large-Scale Adoption. Aug 9, 2023. Available at: https://www.weforum.org/stories/2023/08/how-to-get-direct-air-capture-under-150-per-ton-to-meet-net-zero-goals/
[6] Frontiers in Climate – Carbon Purchase Agreements, “Dactories,” and Supply-Chain Innovation: Scaling Up Modular DAC to a Gigatonne. January 2021. Available at: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fclim.2021.636657/full
[7] CIEL – Direct Air Capture: Big Oil’s Latest Smokescreen. (Center for International Environmental Law, Report, Nov 2023). Available at: https://www.ciel.org/wp-content/uploads/2024/04/Direct-Air-Capture-Big-Oils-Latest-Smokescreen-November-2023.pdf
[8] IEA – Direct Air Capture 2022: A Key Technology for Net Zero. (Report, April 2022). Available at: https://www.iea.org/reports/direct-air-capture-2022