【資料解説】環境省作成「サステナビリティ(気候・自然関連)情報開⽰を活⽤した経営戦略⽴案のススメ」 − 第3章 自然関連情報開示に向けて

前回は「サステナビリティ(気候・自然関連)情報開⽰を活⽤した経営戦略⽴案のススメ」の第2章、TCFDシナリオ分析 実践のポイントについて、こちらの記事で紹介しました。

気候変動対応と並んで、企業経営における重要な環境課題として注目が高まっているのが、自然資本や生物多様性への配慮です。2023年6月、G7エルマウ・サミットでは「自然との調和」がテーマに掲げられ、生物多様性の保全と持続可能な利用を通じた自然との共生の重要性が改めて確認されました。こうした潮流を受け、自然関連リスクの管理とその情報開示を促す枠組みとして、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)による提言が2023年9月に最終化されました。

本章では、TNFDの枠組みについて解説するとともに、TCFDとの関連性、先行的な企業の開示事例、実務で活用できる分析ツールなどを紹介します。

元資料はこちら

3-1. TCFDとTNFDの関連性

TNFDは、気候関連財務情報開示の枠組みであるTCFDをモデルとして策定されました。ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つの柱で構成されている点は共通です。一方で、自然関連リスクの複雑性を踏まえ、以下のような独自の要素も盛り込まれています。

  • 自然への依存とインパクトの両面からリスクを評価
  • ロケーション(事業拠点の立地)を起点としたリスク評価プロセス(LEAP)の提示
  • セクター別のガイダンスによる開示要求事項の具体化

特に、LEAPアプローチは、TNFDにおける自然関連リスクの評価プロセスの中核をなすものです。LEAPとは、Locate(特定)、Evaluate(評価)、Assess(評価)、Prepare(準備)の頭文字を取ったもので、以下の4つのステップで構成されています。

  1. Locate:自社の直接操業とバリューチェーンにおいて、自然関連リスクと機会が発生し得る地理的範囲を特定する。
  2. Evaluate:特定した地理的範囲において、自社の事業活動が自然に与える依存とインパクトを評価する。
  3. Assess:自然への依存とインパクトに基づいて、自社が晒される自然関連リスクと機会を評価する。
  4. Prepare:特定・評価したリスクと機会への対応を準備し、TNFD提言で求められる開示事項を取りまとめる。

LEAPアプローチの特徴は、自然関連リスクが地理的に偏在する性質を踏まえ、まず重要な事業地域を特定(Locate)することにあります。その上で、各地域における自然への依存とインパクトを詳細に評価し、事業へのリスクの波及を見定めていきます。

これは、グローバルに展開する企業が、自然関連リスクを効果的に管理するための実践的なアプローチだと言えます。例えば、農産物のサプライチェーンを有する食品メーカーであれば、主要な調達地域における生態系の状況と、自社の調達活動がもたらすインパクトを可視化することが求められます。それによって、調達の継続性に関するリスクと、より持続可能な調達への移行の機会を見極められるのです。

TNFD提言では、LEAPアプローチを自然関連リスクの評価に適用することを推奨しています。ただし、その実践には自社の事業内容に即した創意工夫も必要となります。TNFDが提示する考え方を拠り所としつつ、自社なりの評価プロセスを確立していくことが肝要だと言えるでしょう。

TCFDへの対応で培ったリスク管理のノウハウは、TNFDでも活用可能な部分が多いと考えられます。一方で自然関連リスクの特性を踏まえたアプローチの深化も求められます。TNFDを「第二のTCFD」と捉えるのではなく、気候変動と自然を包括した統合的なリスクマネジメントへと昇華させていく視点が重要だと言えましょう。

3-2. TNFDの開示事例

TNFDの提言が確定したのは2023年9月と直近のことであり、実際の企業開示は緒についたばかりです。そうした中、TNFD開示提言に準拠した開示事例が徐々に出てきています。

元資料の「TNFD開示項目に準拠した開示事例」を見ると、いくつかの企業が、TNFDの求める開示要素に対応した記載を行っていることがわかります。

例えば、ガバナンスの項目では、自然関連課題に関する取締役会や経営会議での監督内容、サステナビリティ委員会等での審議事項などが開示されています。一部の企業では、自然関連リスクへの対応における、サプライヤーや地域コミュニティ等のステークホルダーとのエンゲージメントについても言及されています。

戦略の項目では、自然関連の依存やインパクト、リスクと機会を特定するためのプロセスや、それらが事業戦略や財務計画に与える影響についての記述が見られます。リスクとインパクト管理の項目でも、自社拠点やバリューチェーンにおける評価プロセスの説明が含まれています。

指標と目標の項目では、自然関連リスクの評価や管理のための測定指標の開示や、自然に関する定性的・定量的な目標設定の事例が紹介されています。

これらの開示は、TNFDの求める情報要素を念頭に、各社の事業特性や重要課題に即して工夫されたものだと言えます。ただし、現時点では定性的な説明が中心で、定量的な評価や目標設定の開示は限定的です。今後、TNFDのフレームワークに沿った情報開示が広がるにつれ、さらに具体的かつ詳細な記述が求められるようになるでしょう。企業には、自然関連リスクの評価手法の確立と、積極的な情報開示の姿勢が期待されます。

3-3. 分析ツール

TNFDの提言では、自然関連リスクの評価を支援するツールも紹介されています。以下は代表的なものです。

  • IBAT(Integrated Biodiversity Assessment Tool):生物多様性に関する各種データベースへのアクセスと、事業拠点における生物多様性リスクのスクリーニングが可能
  • ENCORE(Exploring Natural Capital Opportunities, Risks and Exposure):セクターごとの自然資本への依存度とインパクトを可視化し、関連するビジネスリスクを特定
  • SBTN(Science Based Targets Network):企業が自然関連の目標設定を行う上で、科学的な根拠に基づく手法を提供

こうしたツールを活用することで、自然関連リスクの全体像を効率的に把握し、重点課題を絞り込んでいくことができます。ただし、ツールはあくまで「点」の評価であり、自社のバリューチェーン全体を「線」「面」でカバーするには、現地調査など追加的なアプローチも必要となります。ツールで得られた示唆を出発点としつつ、組織内外の知見を総動員し、オーダーメード型の評価体系を構築していくことが求められます。

まとめ

本章では、TCFDに続く自然関連リスクの開示枠組みであるTNFDについて概説してきました。TNFDは、気候変動と自然の相互連関性に着眼し、企業経営における環境リスク管理の新たな道筋を示すものだと言えます。欧州における法制化の動きなども踏まえると、今後、自然関連情報の開示が標準的な実務となっていくことは必至の情勢と言えるでしょう。

日本企業においても、TCFDへの対応実績を土台としつつ、自然関連リスクの視点を経営の意思決定に統合していく試行錯誤が始まっています。自社のビジネスモデルや戦略に照らして重要な論点を特定し、可視化していく。サプライチェーン全体に責任を拡大しつつ、ステークホルダーとの対話を通じて、新たな価値創造につなげていく。そうした自然インクルーシブな経営のトランスフォーメーション(変革)にTNFDを活用していくことが期待されます。

TNFDはまだ緒に就いたばかりの枠組みであり、企業実務への落とし込みには課題も多いと考えられます。他方、それだけに、いち早く対応力を高めることが、競争優位の源泉ともなり得ます。TCFDで磨いた統合的思考と同時に、生物多様性の複雑性に対応する謙虚さと想像力を併せ持つことが肝要です。

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