前回は「サステナビリティ(気候・自然関連)情報開⽰を活⽤した経営戦略⽴案のススメ」の第3章、自然関連情報開示に向けてについて、こちらの記事で紹介しました。
本記事では、このガイドラインの別添である、「インターナルカーボンプライシング活用ガイド」から「2-1. インターナルカーボンプライシングの定義」と「2-2. インターナルカーボンプライシング 理論編」に焦点を当て、インターナルカーボンプライシング(ICP)の概要と理論的な枠組みについて解説します。
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ICPとは、企業が独自に炭素の排出量に価格付けを行う仕組みのことです。政府による炭素税や排出量取引制度などの外部的なカーボンプライシングに対し、ICPは企業の自主的な取り組みとして位置づけられます。
ICPの目的は、企業内部で炭素の価格シグナルを発信することで、脱炭素投資を促進することにあります。具体的には、以下のような効果が期待されます。
ICPの導入により、CO2排出量の金額換算という新たな観点から、CO2に対するコストが可視化されます。これにより、脱炭素投資と連動した意思決定が促進され、全社的な脱炭素の取り組みが加速することが期待されます。
ICPには、大きく分けて「Shadow price(シャドープライス)」と「Implicit carbon price(インプリシットプライス)」の2種類があります。
CDP(CDP Worldwide-Japan)の調査によると、日本企業においては、282社がICPを導入、392社が2年以内に導入予定と回答しています(2023年2月時点)。今後、ICPの導入企業はさらに拡大していくことが予想されます。
ICPの設定価格を検討する際には、以下の3段階のプロセスを踏むことが推奨されます。
価格の種類としては、Shadow priceとImplicit carbon priceの2つに大別されることを理解した上で、自社の状況に合わせた設定方法を検討します。設定方法には、外部価格の活用、同業他社価格のベンチマーク、過去の社内討議、CO2削減目標による数理的な分析の4つがあります。
各設定方法には、価格決定の難易度と脱炭素対策の実効性において違いがあるため、自社の取り組み意欲や経済合理性を踏まえて、適切な方法を選択することが重要です。
また、企業内の脱炭素投資への合意状況によって、取りうる価格設定の選択肢が変わってきます。追加の脱炭素投資に対する合意がない場合は、現状の外部価格や過去の投資価格を参考に設定することから始め、徐々に目標達成に即した価格への移行を目指すのが現実的でしょう。
ICPの活用方法は、関係部署間での資金のやり取りの有無により、大きく3つに分類されます。
企業は、自社内の理解度や投資基準への反映可能性を踏まえ、現実的な活用方法を検討することが求められます。例えば、参照値としての見える化からスタートし、徐々に投資基準への反映や脱炭素投資ファンドへの展開を目指すのが、一つの現実的なアプローチと言えるでしょう。
ICPを実効性のあるものにするためには、適切な社内体制の構築と、継続的な取り組みが不可欠です。特に重要なのは、以下の3点です。
加えて、適用範囲(Scope1、2、3)や推進の時間軸を定めたロードマップを策定し、段階的な導入を図ることも重要です。以下の日本郵船の事例のように、事業セグメントごとに適用範囲と時間軸を設定し、全社的な浸透を目指すのは参考になるでしょう。
本記事では、「インターナルカーボンプライシング活用ガイド」の「2-1. インターナルカーボンプライシングの定義」と「2-2. インターナルカーボンプライシング 理論編」を中心に、ICPの概要と理論的な枠組みについて解説してきました。
ICPは、企業の自主的な炭素価格付けの仕組みであり、脱炭素投資の促進を通じて、企業の気候変動対策を加速するツールとして注目されています。一方で、その導入には、価格設定の難しさや社内の合意形成の課題など、乗り越えるべきハードルも存在します。
企業がICPを実効性のあるものにするためには、自社の状況に合わせた価格設定と活用方法の検討、適切な社内体制の構築、経営トップのコミットメントが不可欠です。さらに、外部環境の変化や社内の進捗に合わせて、継続的に見直しを図っていくことが求められます。
ICPはまだ新しい取り組みであり、企業の試行錯誤が続いています。しかし、気候変動という喫緊の課題に対し、企業が主体的に行動を起こすための有力なツールの一つであることは間違いありません。本ガイドラインを参考に、より多くの企業がICPを活用し、脱炭素経営の実践を加速させていくことを期待したいと思います。