カーボンプライシング(炭素価格付け)は、温室効果ガス排出量を削減するための経済的手法として、近年多くの国や地域で導入が進められています。その経済学的な仕組みや影響について理解することは、気候変動対策を検討する上で重要です。本記事では、カーボンプライシングの経済学的分析として、炭素価格の決定メカニズムと影響要因、炭素リーケージと国際競争力への影響について解説します。
カーボンプライシングは、CO2排出に価格をつけることで、排出者にコストを内部化させ、排出量削減のインセンティブを与える政策手法です。炭素価格は、主に以下の2つの方法で決定されます。
炭素価格の水準は、政策目標(排出量削減目標)や経済状況などにより異なります。一般に、炭素価格が高いほど、排出量削減効果は大きくなりますが、企業の負担も大きくなります。適切な価格水準を設定することが重要です。
炭素価格に影響を与える主な要因としては、以下のようなものがあげられます。
また、炭素価格の変動は、電力価格や企業の生産コストなどにも影響を与えます。価格変動リスクへの対応も課題となります。
欧州連合のEU-ETSでは、過去10年で炭素価格が大きく変動しています。リーマンショック後の景気後退により需要が減少し価格が下落した時期や、排出枠の余剰による価格下落などがありました。近年は、排出枠の削減や市場安定化リザーブ(MSR)の導入により、価格が上昇傾向にあります。
カーボンプライシングを導入した国・地域と導入していない国・地域が併存すると、「炭素リーケージ」と呼ばれる問題が生じる可能性があります。
炭素リーケージとは、厳しい温暖化対策を行う国では、CO2排出にコストがかかるため、企業が生産拠点を CO2排出規制の緩い国に移転することで、地球全体ではCO2排出量が減らないという現象です。 規制の厳しい国の産業の国際競争力が損なわれる恐れもあります。
炭素リーケージを防止し、公平な競争条件を確保するために、「炭素国境調整措置(CBAM)」の導入が議論されています。これは、CO2排出に対する価格付けをしている国・地域が、それを行っていない国・地域からの輸入品に対して、CO2排出量に応じた課金をするという制度です。欧州連合が2024年から導入しているほか、アメリカやカナダでも検討が進められています。
ただし、CBAMの導入には、以下のような課題もあります。
炭素リーケージ対策としては、CBAMの他にも、企業への無償の排出枠割当てや、省エネ・低炭素技術への補助金など、様々な方法が考えられます。各国・地域の事情に応じた対策の組み合わせが必要です。
また、国際的にカーボンプライシングを調和させていくことも重要です。CO2排出量削減は地球規模の課題であり、各国が協調して取り組む必要があります。
G20などの国際的な枠組みの中で、炭素価格の水準や制度設計についてのルール作りを進めることが望まれます。特に、途上国に対する技術・資金支援とセットで、カーボンプライシング導入を促進することが重要です。
カーボンプライシングは、CO2排出量削減のための有力な政策手法ですが、様々な課題もあります。炭素価格の決定メカニズムと影響要因を理解した上で、炭素リーケージ対策や国際競争力の確保に向けた制度設計が必要です。
同時に、カーボンプライシングを、省エネ対策や再エネ普及施策など、他の気候変動政策と組み合わせて、効果的に運用していくことが重要です。カーボンプライシングで得られた収入を、脱炭素化のための研究開発や設備投資に活用することも有効です。
COP21パリ協定の目標達成に向けて、今後ますますカーボンプライシングの重要性は高まると考えられます。各国・地域の事情に応じつつ、国際的に協調しながら、制度の発展を図っていく必要があります。
企業も、カーボンプライシングを前提とした経営戦略の構築が求められます。CO2排出量の見える化や、削減目標の設定、投資判断への反映など、体制を整えていくことが重要です。
社会全体で、脱炭素化に向けた変革を進めていく上で、カーボンプライシングは重要な役割を果たすと期待されています。経済学的な視点を持ちながら、制度の発展と活用を図っていくことが求められます。