近年、気候変動対策の重要性が世界的に高まる中、各国・地域で企業のサステナビリティ情報開示に関する制度の導入が進んでいます。本記事では、「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」の資料をもとに、現在の欧米を中心とした主要国のサステナビリティ情報開示基準の最新動向を概観します。(審議会のページはこちら)
2024年3月、米国証券取引委員会(SEC)は、気候関連開示を義務化する最終規則を公表しました。この規則は企業規模に応じて2025年開始会計年度から段階的に適用されます。
温室効果ガス(GHG)排出量の開示については、大規模早期提出会社及び早期提出会社がScope1、Scope2排出量の開示対象となっています。Scope3の開示に関しては採択の直前まで議論がなされましたが、経済界の反対もあり除外となりました。
また、保証についても、大規模早期提出会社及び早期提出会社にScope1・2排出量に対する限定的保証が要求され、大規模早期提出会社はその後合理的保証に移行することとなっています。
「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」の資料から抜粋
米国では、連邦レベルでのSECによる気候関連開示規則の導入と並行して、州レベルでの動きも注目されます。特にカリフォルニア州は、気候変動対策に積極的な州として知られ、独自のサステナビリティ情報開示に関する法制度の導入を進めています。
2023年10月には、企業に気候変動関連情報の開示を義務付ける「気候関連企業データ説明責任法(通称:SB-253)」が成立しました。この法律では、一定の基準を満たす企業に対し、2026年以降は毎期Scope1・2の温室効果ガス排出量の報告を、2027年以降はScope3を含む排出量の報告を求めています。
特にScope3排出量については、その算定の難しさを考慮し、合理的な根拠に基づき誠実に開示された情報については行政処分の対象とはならないセーフハーバー条項が設けられています。また、2030年までは報告の不提出に対してのみ罰金の対象となるなど、段階的な運用上の配慮もなされています。
「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」の資料から抜粋
EUでは、2023年1月に非財務報告指令(NFRD)が刷新され、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が発効しました。CSRDは、2024会計年度から段階的にサステナビリティ報告(開示及び保証)を要求しています。
適用対象は、EU規制市場に上場する全ての企業及び、非上場企業のうち大企業の定義を満たす全ての企業です。さらに一定の要件を満たす場合、EU域外企業も実質的に適用対象となります。
「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」の資料から抜粋
CSRDでは、開示の適用開始と同時に限定的保証から開始し、その後合理的保証への移行を検討することとなっています。また、保証の担い手についても、法定監査人等に加え、独立保証業務提供者による保証意見の表明を各加盟国で許可する、いわゆるprofession-agnostic保証制度(会計士などの資格保有者でも保証可能とする)を採用しています。
さらに、CSRDでは、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)に含まれるべき項目をESG要素毎に規定しており、2023年7月には欧州委員会がESRS(第1弾)を採択しました。
「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」の資料から抜粋
以上のように、米国とEUを中心に、サステナビリティ情報開示基準の導入が進められています。
両者に共通しているのは、
などが挙げられます。
一方で、適用対象の考え方には違いがみられます。EUでは、上場・非上場に限らず、従業員数や総資産等の基準により大企業を画一的に定義しているのに対し、米国では時価総額を基準として対象企業を区分しています。
「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」の資料から抜粋
また、EUではダブルマテリアリティの概念に基づき、投資家のみならず幅広いステークホルダーを対象とした開示を志向しているのに対し、米国ではシングルマテリアリティの考えを基本として投資家向けの開示に焦点を当てている点も特徴的です。
本記事では、米国、EU・ヨーロッパ各国、カリフォルニア州を中心に、サステナビリティ情報開示基準をめぐる最新の政策動向を概観しました。
各国・地域に共通しているのは、気候変動関連情報、特に温室効果ガス排出量の開示を重視している点です。一方で、開示の適用対象の考え方や、投資家以外のステークホルダーを対象とするかどうかなどには違いがみられます。
また、企業の実務負担に配慮しつつ、段階的な適用や保証の導入を進めている点も特徴的だと言えます。
今後、これらの各国・地域の制度がどのように運用され、企業の開示の質の向上や投資家の意思決定にどのような影響を与えていくのか、注目が集まります。次回の記事では、こうしたグローバルな動向を受けた日本のサステナビリティ情報開示基準のあり方について考察します。